源次郎の刻印

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近況

 今の現場は過去に評価を貰えた現場である。
 そして、私の師と仰ぐ人がいた現場である。
 その現場で夜勤専属リーダーとして活躍できる機会を再び与えられた。
 以前は現場を統括する企業直下のラインであったが、今回は子会社の管轄するラインのリーダーである。
 小さなラインだ。総員5名の小さなラインである。装置なんて贅沢な物はない。インプットからアウトプットまでがほぼ手作業のラインだ。作業台も治具も殆どか手作りで、パイプやら板やらを切ったり張ったりしながら作った物だ。しょっちゅうネジが外れるしパイプのジョイントが緩むし。。。そんなラインではあるが、そんなラインであるだけにやり甲斐はある。このラインをどう成熟させていくのか、その伸び幅を考えると楽しくなってくる。

 私が私自身に課すリーダーとしての心構えを記しておこうと思う。

①リーダーはサービス業である。
 リーダーがラインに入って作業をするなんて事はない方が良い。リーダーの仕事は「ライン作業」ではなく「ラインを管理」する事にあるからだ。ラインサイクルがタクトに遅れているからと言ってリーダーがラインに入るようでは意味がない。いかにサイクルをタクトに合わせていくのかを考え、ラインの改善を進め又は、ライン作業者の教育指導を行うのがリーダーなのだ。
 トヨタ方式において「ムダでないもの」として定義されているのは「付加価値を与える事」だけである。付加価値を与えるとは、穴を開けたり接合したり取り付けたり、部品や材料が製品となる過程において最低限必要な事だけになるのだ。極端な事を言えば、北海道の工場から鹿児島の工場へ輸送しなければならない製品である場合、この輸送の期間には全く付加価値を生まないわけだ。付加価値を生むどころかコストがかかる。二つの工場を一か所にすれば「運搬のムダ」はなくなる事になる。
 この考え方でいけば、リーダーの存在なぞ「ムダ」でしかない。生産に直接関わらない以上「付加価値」を生むことはないのだ。ならばなぜ「リーダー」が必要なのであろう?
 運搬はムダであると定義されながら、どの工場に行っても運搬を担当する作業者は存在する。これは運搬作者が存在する事によって他の作業者が付加価値を生む作業に専念できからである。ライン作業者が付加価値を生む作業に専念する為に、運搬作業者が適時に適量の材料や部品を補充したり、完成品を次のラインに運搬したりする。
 ライン作業者が付加価値を生む作業に専念する為にリーダーは何をすれば良いのだろうか?
 リーダーが受け取る賃金はライン作業者によって支えられる。ライン作業者が一生懸命造った製品を売った利益の中から捻出されるのだ。お金は一旦会社に集められそこから分配されるからあまり感じないが、本来は付加価値を生む作業を行った人たちがもらうはずのお金を搾取している。一旦全ての人件費をライン作業者に分配し、そこからリーダー分を作業員から一律に徴収するって形だったらどうだろう?リーダーの仕事ぶりならこれくらいは払えるかなって言うライン作業者の気持ちの金額だったらどうだろう?
 リーダーがお金をもらえる理由。それは、ライン作業者が付加価値を生む作業に専念できる環境を作り出す事であり、それはサービス業に近いと言う事である。ラインの改善、作業方法や内容の見直し、不具合事項の排除、安全品質生産向上の為の活動、ライン作業者の教育、ライン作業者のモチベーションの維持、目標の設定等々。ラインに対してどれだけのサービスを提供でき、それによって付加価値を生む作業がどれだけスムーズに進むのか、これがリーダーがお金をもらえる理由である。
 「1号機の改善 すっごい助かりましたぁ めっちゃ作業やりやすいっす!」
 この言葉がお金をもらえる理由なのだ。

②やらなくて良い理由を言わない。
 ライン作業者に何かを求められた時に、それをやらなくて良い理由を言ってはいけない。
 現場にいると次のような会話を良く聞く。
(作業者)「2号機で使ってるドライバーの置き場所が低くて取り出しにくいっすよ。」
(リーダー)「あぁ、2号機は来月新型機になるから、それまでは今のままで頼むわ。」
 新しい装置が来るから、今ドライバーの位置を変更するのは無駄だと言うわけだ。だが本当にそうだろうか?新型機の導入が明日明後日の話ならまだしも、まだ一ヶ月もある状況で、やりにくいことをやりにくいままやらせるのは、サービス業であるべきリーダーとしては失格である。やりにくい事をやらせると作業負荷は上がり、当然品質や生産、腰痛になったり腱鞘炎になったりと安全にも係わってくる。
 やりにくい事をやりにくいままやらせられる作業者は、それを指示したリーダーにお金を払ってくれるだろうか?
(作業者)「2号機で使ってるドライバーの置き場所が低くて取り出しにくいっすよ。」
(リーダー)「あぁ、B班の作業者は身長低いからなぁ。」
 愚の骨頂である。
 作業者は「今」困っていて「今」なんとかして欲しいから言う。リーダーは全体が見れる分、個人を殺す方向に話をしてしまいがちになるが、それを自分が何もしなくて良い理由にしてはならない。全体を見ながらも個人を生かせる方法を考えなければならないのだ。たとえ新型機の導入が明日であったとしても、その一日の為の改善を大事にしたい。
 言うてもやってくれへんし。。。などと思われた瞬間にリーダーがお金をもらえる理由がなくなる。

③理論武装をするべし
 例えば右利きと左利きの人が同じ工程を担当していたとしよう。道具の位置は右利きなら右、左利きなら左にあった方が良い。だが、道具は定位置にあるのが基本だ。置き場を二か所にし、それぞれ取りやすい方に移動できるようにするのも手段だが、一つの物の置き場が二か所になるのはムダである。その分何かが置けなくなるからだ。
 「とりあえず右においてみようか」などと言ってはならない。左利きの人のやりにくさは無視になってしまうからだ。必要なのは「なぜ右に置くのか」という「理由」である。右と左に置いた場合のそれぞれの利点と欠点を考慮し、安全品質生産と言った側面からどちらが良いのかを決定しなければならない。しっかりした理論と知識を持つ事で、「こっちの方がやりやすいっすよ」と言う感情論に対抗する術を持たなければならない。

 リーダーは中間管理職である。
 現場の意向も管理側の意向も実現しなければならない。通常、管理側と現場はそれぞれ相手にとって不利な意向を持つものである。双方が一致する現場は少ないと思うし、その現場は恐ろしく成長すると思える。
 私が最も軽蔑するリーダーは、管理者と話す時は管理者側として、現場と話をする時は現場側として話をするリーダーである。管理者側として話すと言う事は「対現場」という立場になりやすく、現場に対してネガティブな言葉しか出て来ない。現場側として話す時もそうである。結果として、リーダーの存在によって現場と管理側が上手くいかなくなってしまうのだ。「俺が間に入って上手くやってるんやんか」って言うリーダーもいたりしたが、上手く行ってるのは自分自身の保身だけであって、本来なすべき現場と管理の橋渡しはできてない。管理側と現場側のそれぞれの意向に対し自分の出した結果に自信を持てないから保身しなきゃならなくなるのだ。
 双方の異なる意向に対し双方が納得できる結果を残し、現場側とは管理側として、管理側とは現場側として話のできるリーダーになりたい。それぞれと反対側の立場として話をするのだから反感もかうだろう。
 「無茶言うなぁ。。。ほんでもまぁ、色々がんばってもらってるしなぁ。。。」
 「難しい事言うなぁ。。。ほんでもまぁ、あいつなら結果出してくれるやろ」
 そう思われるリーダーを目指したい。
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