源次郎の刻印

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止めて欲しいだけなら崖の上に立つな

 巴さんフリークな私にとって、花咲くいろは第7話 「喜翆戦線異状なし」は秀逸である。
 まぁ、ちょっと元自衛官ってあたりも関係したりする。

 さてと。。。
 全く話は変わる。

 私とよく会話する人は知っているのだけれど。。。あいとかきただ君あたり。
 「本当に死ぬ奴は、前もって死ぬとは言わない。」のである。
 「俺 死ぬわ」とか言ってしまうのは、誰かに引きとめて欲しいだけの話し。もしくは、誰かが引きとめてくれると期待するから言うだけの話し。
 ただ、悲しいかな、引き止められる事を期待して言った時に限って誰も引き止めてはくれなくて、結局死ねないとか言う結果になる。これはあくまで私が44年という月日を生きてきた上での個人的見解であって、同じシチュエーションで大事な人を失ってしまった経験のある人がいるなら申し訳ないと思う。
 自分が死ぬ事で誰かに迷惑をかけたり、悲しむ誰かがいると判っていれば、引き止めてもらえるかどうかを確認する必要もない。むしろ、それが判っていれば、死のうと思うことすらないだろう。
 親しい誰かが自らの命を絶った時、それが全て本人の問題だと言っているわけではない。それを気付いてあげられなかった自分に腹が立つだろう。どれだけ親しかったかによっては、私自身も生きる気力を失うかもしれない。ただ、私は死を決意した時、「死のうと思っています」などと前置きはしない。遺書だけを残し、潔くその命を絶つ。
 これは生き様の話であって、うだうだ言わずに死ねといっているわけではないし、本当に命を絶つとかいう話でもない。
 決意とはそういうものだという事だ。

 以前にも少し触れた事だが、立場と言うものができれば、その立場に応じた発言が求められる。勿論、ある立場に立てばその発言はその立場から発せられた言葉として立場なりの効力や影響力を持つ。
 エジソンの言葉で一日三食が普通になったり、平賀源内の言葉で土用のウナギが習慣になったり、そんな感じだと思ってもらえるといい。

 弱さとは自らを戒め前進するために見せるものである。
 慰めが欲しいだけなら、確実に慰めてくれる相手にだけ言うといい。公にさらしてしまうと恥ずかしいだけだ。
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| 日常 | 22:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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